昭和40年04月29日 朝の御理解
お芝居の話で恐れ入る。市川団十郎という役者、なかなかの名人であったということです。歌舞伎役者第一級の家柄である。その市川団十郎が皆さんもご承知でしょう歌舞伎十八番というのを作った。自分の演技する芝居の中から十八、その当たり役というのを、中に勧進帳というのがある。勧進帳を一番はじめて舞台にかけた時には、非常に評判が良くなかったという。
一般には一部の通の人、玄人には素晴らしいと見られたけれども、やっぱり大衆には普及しなかったわけですね。私は何事でもそうだと思うんですよ。俗うけするとこういう、例えば流行歌なんかでもそう、こげな歌がどうして大衆にうけるだろうかと、とその時代を風靡するように流行っていくのと、これだけ素晴らしい曲がどうしてみんなに分からんだろうかというような場合がある。
いわばそこに素人玄人という見方が違う、見解が違う。信心でもやはりだんだん高尚になってきますとですたい、その人のありがたい。例えば思う。そこのところが違う、頂きどころが違うというのです。けれども信心ばかしは、ここだけは玄人もなからなければ素人もないというところがある。そこのところを私はもし頂いていかないならば、いくら玄人であっても、信心が高尚であっても値打ちがないと思う。
それはありがたいという心だと思う。ありがたいというその心はまた同じである。そのありがたいという心をもって、私どもは日々日常生活をさせて頂く。素人もなからなければだから玄人もない。そこでそのありがたいという心を真実頂かせて頂くために、我情を取る。自分の思いを取る。例えば昨日、昨夜でした。土地のお世話をして頂いている中島さんから電話がかかってきた。
それが昨日、土地の大半の支払いをさして頂くように、各地主さん達に話しがしてある、よそに出ていかんごと言うてあるから、今日持ってきてくれるようにという電話であった。前から言ってあったからお金だけは準備してございました。今度、役割で渉外とか経理という様々な役ができておるが、これはだから経理の人と渉外の人が入らなければできないような場合であった。
久保山茂さんが今度経理の御用をうけ賜って、昨日一日がかりで銀行関係のことをさして頂いておる。昨日一日ここで御用頂いておった。中島さんから電話の掛って来た時、丁度渉外の御用を頂いておる久富正義さんがやって来た。だから正義さんあんた今電話にかかって来るという状態であった。そんならもう正義さんと茂さんと経理と渉外の人が揃うたから、ならそげんなゾロゾ行かんでもよかろうから、なら二人で行ってくれと言うておる所へ永瀬さんがやってみえた。やはり渉外の御用頂いておる。
それから一番始めからその事に担当している永瀬さんがみえたから大喜びで、神様の御都合っちゃ恐れ入るなという事だけではなしにです。例えば三人の方達がまぁ同じ思いであったろうという事はです、神様が御用に使うて下さりよるなという事だったのだろうと思うのです。これは永瀬さんでも正義さんでも茂さんでも、信心の程度はまちまちでありましても、その思いだけは同じであろうと思うのです。
そこに何が必要であったかというと、結局自分を空しゅうして、お役に立ちたい御用に使うて頂きたいという願いが三人の人たちの上に一様にあったことだと私は思う。一様な例えばこれは素人もなければ玄人もない、ありがたいというものを頂くために、いかに御用に私を抜きにした御用につこうて頂きたいという思いがなかなければならんかということを感じますですね。
どうぞ、玄人が見ても素人が見てもおもしろいというか、玄人が見ても素人が見てもありがたいと。それは色々とございましょうけれども、この際の椛目の御造営にあたってです。お互いがです、どういう御用をうけ賜っておろうともです、その御用に立たせて頂きたい、使うて頂きたいという部分は真似させていただいて、神様が自分が動いているのではないなぁ、働いておるのではないなぁと、神様がおかげを下さっておるんだなぁという一様な重い??意味です。
今回の事は成就になっていかなければならないと思うのです。それにはやはり、いわば私を抜きにしたもの、お役に立ちたい立ちたいという念願、御用に使うてくださいという願い、そこに私は神様は和らいだ心も与えてくださるだろう、また御用にも使ってくださるだろう。なるほど御用に使うて頂いておるという実感の中にです、この事が成就するような願いを私はかけさせて頂いております。
今日は29日、先日から、準備委員会のような意味で今度の大祭の後に、委員会がございました。その時に決定いたしました、29日に総合委員会を開かせていただこうと。連絡がなかなか不特定なことがありますから、どういう結果になるか分かりませんけれども、まぁ今日は主だったという、ほとんどの方達が、椛目に参集されるだろうと思う。私はその今の方達にです。
そのところを一つ、今日は分かって頂ければならないと、いう風に感じておりましたら、ただ今のことのようなことを、頂きました。あまり高度な考え方で、素人にはわからない、玄人には分かるけれどもと、例えば、信心ばかりはそんなものではないと。素人も玄人も一様に有り難いという。
いうならば、誰が見てもおもしろいと、誰が聞いてもありがたいと、というところに、おかげを頂くために、各々がやはりお役に立ちたい。と御用に使うてくださいと、この気持ちでおれば信心が浅かろうが深かろうが、高尚であろうが高尚でなかろうが一様に神様は御用にもお使いくださるだろう。また御用に使うてありがたしというような、一様なありがたしを頂く事ができるだろうと思うのでございます。おかげ頂き……。